平成3年の初夏。栃木県鹿沼市の親戚が家を新築し、電化製品一式を納品することになった。
(その頃の出水電器はごくごく普通の家電屋で、私も普通のオーディオマニアだった。)
何気ない会話の中で、お隣の斉藤さんもかなりのオーディオマニアだと言うことが解った。
そうと聴いたら黙って帰れない。
親戚から頼んでもらってオーディオルームを見せていただくことが出来たのだが、それがただのオーディオルームではなかった。

ドアを開けてビックリしたのなんのって、正面にはタンノイ、オートグラフとJBL、4435がドーンと
鎮座ましましている。
後は言うまでもない。ガラード301ハンマートーン、当然アームはSME3012カートリッジは
オルトフォンSPUゴールド、それとデンオンDP3000,CDは当時タンノイとベストマッチングと言われた
ラックス、D500Sx、(直ぐ後にスチューダ、D−730に変更) それだけではない。
プリとパワーは上杉、マッキンC40&MC500,etc......。?MC500はその時あったかな???
更に驚いたのがオーディオルームの作りだ。波形天井に、スピーカーの台は基礎からスピーカーの形にしてコンクリートで出来ている。
当然の事ながらアナログプレーヤーの台も基礎からコンクリートで立ち上げてあるのだ。
このオーディオルームだけで家一軒建つくらいの代物だそうである。
奥様に言わせればビョーキだそうだが、ここまでとてつもないビョーキの人は見た事がない。

スピーカーもアンプも不自由のない斉藤さんの所に、さらにオートグラフを持ってきたオーディオ店があって
『このオートグラフは貴方に買って貰いたい』と言うのである。
お店の人が言うように、確かにオートグラフ命の斉藤さんにふさわしいスピーカーではある。
そのスピーカーこそタンノイ伝説の元祖とも言うべき代物だった。

ご存じの方も多いと思うが,故五味康祐氏が初めてオートグラフと巡り会い、感動のあまりソファーで片膝をくみ
唸っている?有名な写真のバックに写っているオートグラフその物なのだ。
そのオートグラフを手に入れた斉藤さんが何をやったかというと、オートグラフの為の2つ目のオーディオルームを
作ってしまった。
それも社屋を新築して、しかも重量鉄骨で、2階のスピーカーを置く床のコンクリートも1Mにしてしまったのである。

これほどまでオートグラフに惚れ込んだ斉藤さんの音だけに、それはそれは素晴らしい音であり、見事なまでに
調整しきった音である。
Hpでお聴かせできないのが残念でしょうがない。
例えば、コンセントの上に差した時と下に差した時では明らかに音が違う。そこまで音を追い込んであるのだ。
そしてこの斉藤さんとの出会いが、後に私がFASTの発売元になる事を決意した大きな要因となったのである。

それから6年近くたった97年(平成9年)2月1日、斉藤邸オーディオルームのアンプ専用回路の電気工事
に伺った時,持参したのがFASTタイプⅤと言うプロ機であった。
夜中から始まった試聴であったが途中から斉藤さんの様子が変わってきた。『畜生、この曲は鳴らないだろう。』
言って次々とレコードやCDをかけ始めいつまでたっても終わらない。午前4時をすぎた事に気づき、斉藤さんは
『飛び上がるほど驚きました。』と言い、『完璧です。』と唸った。
そしてFAST発売元の話をしたら、『是非商品化して欲しいし、私も欲しい。』と言われ、2日後に注文を受けたのが世界に1台のM500だった。

後日、M300の発売の時は『私が試聴して値段を決めてあげます。』と言われ、提示されたのが最低200万円
だったが、定価は59万8千円ですと言うと,そんな安くちゃダメですと随分と言われたものである。
しかし、[最高の音を手の届く価格で多くのオーディオファンにお届けしたい。]言う、(株)ファストと出水電器の基本的な考えは変わらない。
これ以上はとても書ききれないので、興味のある方はMJの99.06 P8〜13をご覧あれ。

この次は[アマデウスでの大論争顛末記Ⅱ]

0 Comments
  1. 豊田恵一郎 16年 ago

    僕は団塊世代の数年後輩の鹿沼市在住の肩の凝らない程度のオーディオ好き派です。
    アトランタ・シンガポール・上海と14年の海外暮らしの末、昨年やっと、生まれ故郷の鹿沼市に根を下ろしました。
    斉藤様というお宅でしょうか、
    鹿沼市のオーディオファンと伺い、不作の地、鹿沼にもすばらしいファンがお住まいと知り、書き込みをしている次第です。
    僕のセットはたいそうなものでは無く、アトランタ時代に手に入れた、LINNのWAKONDA+LK240とIKEMIにTHIELのCS3.6にて、小さな音で晩酌を楽しんでいます。
    機会がありましたら、オートグラフを堪能したく思います。
    このプログに行き着く切欠となったのは、大平町にある民族資料館で囁くJBLパラゴンの館長様が、鹿沼市在住の僕に鹿沼市にすごいオーディオファンが住まわれていることに興味を持たれていることから、ネットにのめりこんでしまった訳です。

  2. Author
    Shimamoto 15年 ago

    豊田 様

    コメントに気付かず大変失礼いたしました。

    斎藤さんは鹿沼市の郊外にお住まいで、私にとってはオーディオを生業とするきっかけとなった方です。
    斎藤宅で聴くオートグラフは本当に太く、スケールが大きい、いわゆるいぶし銀の音です。
    私自身が伊豆を拠点としておりますので、なかなか鹿沼絵も行けませんが、斎藤さんと連絡を取った時に話してみます。

    それでは。

  3. 豊田恵一郎 15年 ago

    返信ありがとうございます。
    オートグラフの音色をいまだ体験していません。
    機会がありましたら、一度震えてみたいものです。

    最近、大平町の民族資料館にパラゴンとウエストミンスターがあることから、時々出かけては、堪能しています。

    我が家はマンションなので、思い切った音を出せずじまいなのです。

    郊外の一軒屋とは羨ましい次第です。
    ではまた。豊田恵一郎 08・Oct,・7

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