電源工事

(有)出水電器 島元のブログ

久しぶりに伺った惣野邸。

[ 電源工事 | 私が出会った音の達人たち | オーディオロマン街道 ]   2009年5月2日

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[これが噂の惣野邸、最新システム]

 

久しぶりに伺った惣野邸。これが密かに話題になっている最新の惣野邸のシステムです。しかし何回伺っても、桁外れに物量投入されたシステムには圧倒されます。そして伺うたびにどこかしら変更されており、それがまた新鮮な驚きとなって耳を襲ってくるのです。

全くのお世辞抜きで、「いや~、この前伺ったときよりさらに素晴らしい音になっていますね」と言うと、「そんなには変わっていないはずですよ。島元さんが成長したんじゃないですか」とのご返事。ご本人のお話では、部屋の音響特性をいじっているだけと仰いますが、いやいや、それにしてもとんでもない凄い音です。私の乏しいボキャブラリーではうまく表現できません。

確かに一般的とは言い難い超弩級のハイエンドシステムですが、こんなシステム、こんな音が存在すると言うことを知っていると知っていないでは大変な違いだと思います。特にオーディオ業界に身を置く以上、一度は聞いてみたいシステム(音)ではないでしょうか。幸い西蒲田からさほど遠くないこともあって、年に何回かお伺いして、自身の耳をリファレンスさせて頂いており感謝に堪えません。惣野さんからは、「出来るだけ生の音を聞いた方が良い。都合が合えば私のお気に入りの生バンドが聴けるところへ行きませんか」とお誘いを受けていますので、何とか時間の都合をつけたいと思っている昨今です。

5のシステムで音楽を楽しまれるKonisiさん。その2

[ 電源工事 | 私が出会った音の達人たち ]   2008年7月9日

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[ AVAC新宿店での試聴会 6月14日 ]

Konishiさんは色んなイベントにも足を運んで来られた。最近ではつい先月、AVAC新宿店で開催された ALLION Ultimate T-125sv の試聴会にも来て頂いた。写真はその時に参加しされた方々だが、Konishiさんは写っていない。この日の朝、あの大地震が東北地方を襲った。その時Konishiさんは福島駅の新幹線の中だった。結局3時間以上動けず、会場に着かれたのはまさに終了間際だった。(幸い、地震の被害は自作SPスタンド以外は無事だったとか)そんな状況で参加して頂き、驚きと感謝でいっぱいだった。

当日は急遽村井裕弥先生が司会進行を勤めて頂き、スペシャルゲストとしてギタリストの荒谷みつるさん、ジャズ評論家の成田正先生、音響室設計A&Dの山本先生、SPの音響研究の戸沢先生ほか、ネットで有名な方など錚々たる参加者でいっぱいだった。写真を撮った後も参加者があり、定員の2倍以上となってしまった。(参加できなかった方も多かったそうです)余談ながらOFF会は大いに盛り上がった。

試聴会と言えば、5年ほど前にFSKの藤枝社長を招いて行った出水電器(大田区西蒲田)での試聴会や、昨年11月11日伊豆の試聴室での第一回試聴会にもわざわざ参加頂いた。この時は南は山口市(熱海駅から急用で帰宅された)、北からKonishiさん、あとは東京と埼玉から参加していただいた。  このように距離をものともせず色んなイベントにも参加される、熱烈なマニアでもある。

Konishiさんを語る時に、どうしても紹介しなければならないのが、マイ柱上トランスの事だ。電力会社の立場もあるので詳しく書けないのが残念だが、この地方で最初にマイ柱上トランスを設置されたのはKonishiさんだった。このころ私が提案した究極の電源対策マイ柱上トランスの記事を読まれ、直ぐにでも設置したいと、それはそれは熱心な要望を頂き、結局全国で3番目の施工例となった。その時の様子はSTEREO誌04年2月号、田中伊佐資先生のオーディオ・ジコマン開陳に詳しく紹介されている。ともかく、わずか数所帯で共有していたトランスを、専用に切り替えた瞬間の音の広がり、奥行き感、静寂感、情報量の全てが桁違いだった。想像以上の変化にその場にいた全員が驚いたものだ。

さて、これほどまでに情熱を傾けて、Konishiさんが聴くジャンルは何かというと、これがまた前回紹介した惣野さんと同じく女性ボーカル中心なのだ。マイ柱上トランス、オーディオ専用分電盤、専用回路という、日本有数の電源環境と、情熱の限りを費やしたシステムを通して聴く女性歌手の声は、部屋にとけ込むような、じつに自然な生々しい声で囁いてくる。こんな音楽を毎日聴けるKonishiさんは、本当に幸せなオーディオファンではないだろうか。

5のシステムで音楽を楽しまれるKonisiさん。その1

[ 電源工事 | 私が出会った音の達人たち ]   2008年7月6日

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[ Konishi邸のメインシステム ]

オーディオの仕事をしていて『本当に良かったなぁ』、と思うのは第一に人との巡り会い、そしてそれぞれのシステムで聴く『良い音・良い音楽』との出会いに尽きる。Konishiさんとの出会いは今でも鮮明に覚えている。01年11月30日の「ディナウディオのコンター3.0を鳴らすにはT1-SとT1-Xのどちらが良いでしょうか」と言う問い合わせのメールで始まった。

ご存じの通りディナウディオのスピーカーは、駆動力があって立ち上がりの良いアンプでないとその良さを引き出すことは出来ない。その代わり上手くなったときのこのスピーカーときたら、これが音楽の躍動感だ、これが音の切れの良さだと感じさせてくれる。ともかく素晴らしいスピーカーの一つだと思う。このスピーカーに思い入れがある私は直ぐに電話をした。

「このスピーカを鳴らすのでしたらT1-Xがお薦めです」「解りました。それではT1-Xを1台下さい」と、こんなに簡単に決まって良いのだろうかと思うほどの即決だった。その後もT1-S、C10&M300、バイアンプ用のM300、プロトタイプT1-Z(ALLION Ultimate T-100の試作機)、そして200V特別仕様のALLION UltimateT-100、と次々に購入していただいている。私としてはこんな嬉しいことは無いのだが、奥様の目にはきっと《救いがたいビョ-キの人たち》と映っているのではないだろうか。しかもこれだけではない。電源工事もオーディオ専用電源工事、マイトランス設置工事、と2回に渡って施工している。(ALLION納品時の改修を入れれば3回)

ともかく、この方のオーディオへの情熱というか、探求心はとどまることを知らない。仕事の都合で週末しか自宅へ滞在できないKonishiさんは、職場近くの宿舎にもオーディオシステムを所有し、合計5のシステムで音楽を楽しんでおられる。

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上の写真は上段左から、メインシステムの、FAST C-10,M-300(バイアンプ)とPCのCDP、和室のALLION T-100とディナウディオFocus140、リビングのT1-Xと マーチンローガン、宿舎のT1-Zを中心としたシステムとリビングのT1-S(出川式電源仕様)中心のシステム(残念ながらこちらの2セットは聴いたことがない)、右下が、おそらくこの地方初のマイトランス。

メインシステムの音についてはステレオ誌2005年初頭の、田中伊佐資先生のコラムでも紹介されている。その驚くべきSN比の良さと、それによる静寂感、奥行き感、楽器、音声の質感の素晴らしさはなかなか言葉で表現できない。また、リビングにおかれている小型のマーチンローガンの音ときたら、これがコンデンサースピカーの音かと驚かされる。それだけではない。以前、和室にセットされていた時のT1-Zで鳴らしたソナスファーベルのミニマは、間違いなく日本有数の音だったと思う。出来ることなら皆さんにも一度聴いて欲しかった。

Konishiさんについての思い出は尽きない。今回は【私が出会った音の達人たち】初の連載。

理想を追い求め続ける熱きオーディオファン、惣野さん。

[ 電源工事 | 私が出会った音の達人たち ]   2008年5月25日

惣野邸の超豪壮なシステム。

[ なかなかお目にかかれないハイエンドシステム。現在はもっと凄いことになっている]

 [最新のシステムについては、当コラムの09年5月2日を参照]

 

05年7月初め、ある方の紹介で伺ったのが惣野邸だった。40畳のオーディオルームに通されて目にしたシステムは、今まで見たことも無いほど、”豪壮”という言葉がピッタリの凄いシステムだった。

惣野さんは(有)出水電器の電源工事を希望され、その日は見積もりの為に初めて現場調査に伺ったのだが、ここまでのシステムとなると、かなりの時間と手間を掛けて調整が行われているはずである。 聴かせて頂いた音は文句なしの超一流の”音楽”だった。このシステムが電源工事をやってどう変化するのか。正直言って期待半分、不安半分だった。

今までにも全国を回って、いわゆるハイエンドシステムはいくらでも見てきたが、これほど圧倒されるシステムとなると別である。まずめったにお目にかかれない。この電源工事は少しの失敗も許されない。真剣勝負だ。

惣野さんの要望は、全て200Vの10回路、それも隣の部屋から配線し、オーディオルームの壁などは一切傷つけない隠蔽配線が希望。だがこれは難しい。幹線はともかく、専用回路はCVの8スケアーが基本だが、それを10本隠蔽でなると果たして可能かどうか。やり始めて途中で「すみません出来ません」、とはいかない。

1週間ほど時間をもらって私が提案した工事方法は 、一番ストレートに最短距離で配線するルートだった。つまりメーター横の既存配電盤内で家庭用と、オーディオ専用分電盤に幹線を分岐し、外壁を回してオーディオシステムの正面、最下部に専用分電盤を設置し、200Vを顧慮して5.5スケアーの専用回路とすることだった。

この時の工事の様子と内容は、ステレオ、2005年9月号 に6ページを使って紹介されている。また惣野さんの友人のHPでも詳しく紹介されている。(惣野邸電源工事で検索出来ます)

肝心の惣野さんの工事後の感想だが、まず、音のグレードが間違いなくワンランク以上あがった。S/N比が上がり静寂間が増した。奥行き感が出た。今まで解らなかった、各ニット間の音のつながりもハッキリ解る等々。ともかく大満足の様子であった。

だが、惣野さんの音の追及はそんなものでは収まらなかった。なんといっても、8年間のニューヨーク駐在中には、ジャズが演奏されている所で行かなかったところは無い、という程の大のジャズファンであり、かのマークレビンソンとも特注製品を作ってもらうほどの友人なのだとか。そういえばハイエンドマニアの垂涎の的、ビオラの特注チャンネルデバイダも最初に作ってもらったのも惣野さんなのだ。最新号のオーディオアクセサリー2008年夏号のP302~303でも紹介されている通り、惣野さんのシステムは年々発展し、現在はさらに凄いことになっている。

そんな惣野さんが目指す究極の音とは、大好きな女性ボーカリストが目の前で、手を伸ばせば触れられそうな再生音だそうである。頼まれていることもあるし、近いうちにまた尋ねて、最新の惣野サウンドを聴きたいと思っている。惣野さんも必ず伊豆の試聴室を訪ねてくれるといっていた。

岩田さんのこと

[ 電源工事 | オーディオロマン街道 ]   2003年11月15日

9月に逝去された《四畳半でアルテック604を聴く男》岩田さんの事は、このHPを見られている方は多分ご存じだと思う。
今となってはあの人なっつっこい笑顔と人柄の良さが懐かしく、早すぎる死が悔やまれてならない。

岩田さんについての想い出はたくさんあるが、中でも最初の出会いや一緒に伊豆までJBL4343Bを引き取りに行ったこと、私が某BBSで訳の分からない批判を受けていた時、力強く励ましてくれた事が忘れられない。
その書き込みに子細に目を通して彼が言った一言「この人は電気一般も無線についても専門家じゃない!」は印象的だった。(岩田さん自身は無線の技術者)
例えば私が作る分電盤は火災の恐れが有るという批判に対して、「確かに日本でも過去に一度火災は有ったが、それは巨大な出力の違法無線(車載)と何かの大消費電力の会社が偶然も偶然、たまたま影響し合って分電盤の配線が燃えたのであって、決して一般論として成り立つ話では無い。今ではそんな違法無線も無いし家庭用オーディオやシアターでは電流そのものが知れている。まして通常配線より許容電流の大きなCV8スケがまかり間違っても燃えるなんて考えられない」と言った。
その後、彼の知人でアマチュア無線の第一人者で何冊も著作が有る方にも会ったり、オーディオの仕事をする前によく仕事をした大森日赤の電気主任や病院の電気設計を専門にしている人、放送局などで工事に携わったりする人にも色々聞いたりしたものである。

異常とも思える一連の批判については良く岩田さんと話したが、正確を期すべき立場の人とも思えない不明確な記述が多いと笑っていた。某氏が繰り返し批判している100A ELB(正確には100Aフレーム50A ELB)の使用についても当然理由が有るが、工事経験のない氏には多分解らないだろう。また、私の工事内容については1年近く前から充分知っていたし評価もしていたはずである。
一連の批判の僅か1ヶ月ぐらい前にくれたメールや電話では、色々教えて欲しいとまで言っていた。私は人を貶めたり辱めたりして喜ぶ趣味は無いので、氏の二面性をどう理解したものか今だに解らない。
何はともあれ、このことでかえって電源に対する知識を深める事が出来た事を思えば、某氏は正に得難い存在だったと言える。

話がそれてしまったが、岩田さんは無類の動物好きでもあった。
我が家は(家内が)良く野良猫を拾ったり、野良猫が勝手に住み着いたりするのだが、4年ほど前から飼っていた”クロ”も岩田さんには随分かわいがって貰った。
この”クロ”も元々野良猫でいつも駐車場の所でジーッと日向ぼっこをしていたが、その臆病さと言うか警戒心の強さは尋常では無かった。よく見ると前足も後足もなんだか変で普通に走れず、逃げるときもトコトコと小走りに逃げて行った。
黒猫と言うことで気味悪がられ、よほど虐められたのだろう。一度隠れると何日も出てこなかった。家内はあまりにもかわいそうだと言い、餌付けを始めたが抱き上げられるまでに1年半もかかった。
そして家に入れてからも半年間は餌を食うときと用を足す以外押入から出てこないほど臆病な猫だった。

 岩田さんにも可愛がられた

やっと懐いてきた頃、今度は具合が悪くなり、獣医からはムリですと言われたクロだったが、岩田さんが持ってきた精製した浄水を飲ませたら不思議に元気になったのだった。

そのクロが再び宮合いが悪くなったのは岩田さんが亡くなった直後のことだった。点滴で 暫くはは元気だった。しかし最後の頃はよろけながらも甘えてきて、本当にかわいそうだったが、1ヶ月後ついに死んでしまった。クロはきっと優しい岩田さんの後を追っていたのだろう。

心優しき岩田さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 


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