(有)出水電器 島元のブログ

2001年3月の記事

その後の磯島さんと丹波さん

[ 私が出会った音の達人たち ]   2001年3月24日

その後の 磯島さん と 丹波さん

引き続き八戸の話。
アマデウスとなれば 磯島さんと丹波さんのことを書かないわけに行かない。
磯島さんのオリンパスは益々冴えわたっている
是非一度聴いた方がいいと言われ続けていたので、昨年暮れアマデウスのでの試聴会の折りご自宅にお伺い
して試聴させて頂いた。

その音をどう表現したらいいのだろうか。オリンパスと聴けばどちらかと言うと古めかしい音をイメージするのだが
磯島さんのオリンパスは違った。
流行の現代スピーカーと違い音はあくまでも太く、それはそれはエネルギーに満ちあふれ、しかも艶やか
しかも立体的に、目前に迫ってくるのだ。
磯島さんのテクニックで目を引いたのは,がっちりとしたラックに更にダイハードを使用し、その下に良くは解らない
がゴムシートみたいなインシュレーター?を敷いてある。スピーカーケーブルは00研究所と見たがどうであろう。
ともかく研究熱心な人で何をしたらどう変わったと全て記録してあるそうだ。だけど見せて貰った人はいないらしい。

磯島さんの所へは色んな人が聴きにくるのだが、その音にはみんなが驚くそうである。
曰く。
「何なんだこれは?何でこんな音が出るの?」
      「今まで何十年もオーディオをやってきて、有名ブランドの高級品であれば絶対にいい音が
出ると思っていた。聞いたこともないメーカーで、しかもこんな値段でこんな音が出るなん
て、今まで俺達は何をやってきたのだろう」などなど、ともかくその驚きようは大変らしい。

磯島さん曰く。
「そこそこのアンプ、そこそこのスピーカーなら努力次第、腕次第である程度の音はでるもんだ。
しかしFASTはちょっと違う。まるでレーシングカーをいじっているみたいな感じで何をやっても
音が変わるし、信じられないくらいどんどんいい音になるんだ。」

とにかく並の音キチではないし、並の腕ではない。
音はその人の性格や人生観等、全てを表すと言うことを聞いたことがあるが、磯島さんを見ればなるほどと思う。

(3月27日追加)
日、久々に磯島さんと電話で話したら 『今までとは比べものにならないほどの音になった。』
そうである。 いったいどんな音になったのだろうか?????

(4月30日追加)
本人と周りの人から聞いたのだが、変化の原因はインフラノイズの《AR−2000》だそうだ。
最初は
『何だこれ?。買うんじゃなかった。』と言う感じだったが4.5日するとガラリと音が変わり始め今では
絶対必需品になったそうである。 私もなるべく早く八戸に行く機会を作らなければ!!! 

丹波さんの事

[ 私が出会った音の達人たち ]   2001年3月24日

さて丹波さんである。
大音量は今も変わらない。
前と違うのはスーパーツイーターを追加されたことくらいなのだが音はずいぶんと変わった。
ワイドレンジの代表みたいな音である。ともかく上も下も良く伸びている。
当人は 
『私はいい加減だから皆さんのおっしゃる通りにしているだけです。 ハイ。』とご謙遜だが
なかなかどうして大変な腕前である。

丹波さん宅にはあの[アマデウスの大論争顛末記]の広告以来、様々な人たちが訪れるそうである。
そして色んなアンプやケーブルが持ち込まれ即席の試聴会になるらしい。
下手なライブよりよほどここの音の方がいいともっぱらの評判だとか。

今の丹波さんの課題は、もう少し艶と雰囲気のある音にすることだそうである。
理想の音が出たら又お伺いして、怒濤のように押し寄せる丹波サウンドを聴きたい。
丹波さん早くいい音を見つけて下さい。

アマデウスでの大論争顛末記II  『聞き捨てならぬ。』の巻 

[ 私が出会った音の達人たち ]   2001年3月21日

マデウスで行われた、FAST第一回目の試聴会が大成功に終わり、その余韻も醒め切れぬ99年10月27日
一通のFAXが送られてきた。
アマデウスの常連のお一人でSさんという方からであった。
内容はと言うと、[自分は試聴会の日は他の用事で参加できなかったが、後でFASTについて色々雑談の中から
私なりに小耳に挟んで中では、
どうやら聞き捨てならぬ内容のように思えました。ついては,月末に上京する
ので試聴がしたい。]
との事。
当日、Sさんは奥様と一緒に試聴に来られた。当店の音は決してSさんの好みでは無かったらしいが(当店の
音はやや固め?)、アンプの実力は十分に認めていただいき、C10II とM300II を注文されて帰られた。

八戸へ帰られたSさんは『FASTのアンプは、みんなが考えるより遙かに凄い。むしろ使い手の力量が
問われるアンプだと思う。』
と言われたとか。

何と言っても、オーディオ歴40数年、アンプ、ケーブル、何でも自作もされ、オーディオルームに至っては
完全防音された別棟と言う、筋金入りのマニアがそう言うのだから、アマデウスの中間内でFASTの評価が
更に高まったのは言うまでもない。

SさんのA7が奏でる音楽は、品が良く、柔らかめながらも輪郭のしっかりとした音、そんな感じの音
と言えようか。 ともかく人柄の通りの音に感じられた。
いつの日か、Sさんの事をアマデウスでの大論争顛末記Ⅱとして書きたいと思いつつ、どうしても文章が
まとまらず今日に至っている。
しばらく会っていないけどお元気だろうか?、A7、C10II &M300II は上手く鳴っているのだろうか?
気にかかる。

『オートグラフ命』の斉藤さんと出会う。

[ 私が出会った音の達人たち ]   2001年3月18日

平成3年の初夏。栃木県鹿沼市の親戚が家を新築し、電化製品一式を納品することになった。
(その頃の出水電器はごくごく普通の家電屋で、私も普通のオーディオマニアだった。)
何気ない会話の中で、お隣の斉藤さんもかなりのオーディオマニアだと言うことが解った。
そうと聴いたら黙って帰れない。
親戚から頼んでもらってオーディオルームを見せていただくことが出来たのだが、それがただのオーディオルームではなかった。

ドアを開けてビックリしたのなんのって、正面にはタンノイ、オートグラフとJBL、4435がドーンと
鎮座ましましている。
後は言うまでもない。ガラード301ハンマートーン、当然アームはSME3012カートリッジは
オルトフォンSPUゴールド、それとデンオンDP3000,CDは当時タンノイとベストマッチングと言われた
ラックス、D500Sx、(直ぐ後にスチューダ、D−730に変更) それだけではない。
プリとパワーは上杉、マッキンC40&MC500,etc......。?MC500はその時あったかな???
更に驚いたのがオーディオルームの作りだ。波形天井に、スピーカーの台は基礎からスピーカーの形にしてコンクリートで出来ている。
当然の事ながらアナログプレーヤーの台も基礎からコンクリートで立ち上げてあるのだ。
このオーディオルームだけで家一軒建つくらいの代物だそうである。
奥様に言わせれば
ビョーキだそうだが、ここまでとてつもないビョーキの人は見た事がない。

スピーカーもアンプも不自由のない斉藤さんの所に、さらにオートグラフを持ってきたオーディオ店があって
『このオートグラフは貴方に買って貰いたい』と言うのである。
お店の人が言うように、確かにオートグラフ命の斉藤さんにふさわしいスピーカーではある。

そのスピーカーこそタンノイ伝説の元祖とも言うべき代物だった。
ご存じの方も多いと思うが,故五味康祐氏が初めてオートグラフと巡り会い、感動のあまりソファーで片膝をくみ
唸っている?有名な写真のバックに写っているオートグラフその物なのだ。
そのオートグラフを手に入れた斉藤さんが何をやったかというと、オートグラフの為の2つ目のオーディオルームを
作ってしまった。
それも社屋を新築して、しかも重量鉄骨で、2階のスピーカーを置く床のコンクリートも1Mにしてしまったのである。

これほどまでオートグラフに惚れ込んだ斉藤さんの音だけに、それはそれは素晴らしい音であり、見事なまでに
調整しきった音である。
Hpでお聴かせできないのが残念でしょうがない。
例えば、コンセントの上に差した時と下に差した時では明らかに音が違う。そこまで音を追い込んであるのだ。
そしてこの斉藤さんとの出会いが、後に私がFASTの発売元になる事を決意した大きな要因となったのである。

それから6年近くたった97年(平成9年)2月1日、斉藤邸オーディオルームのアンプ専用回路の電気工事
に伺った時,持参したのがFASTタイプⅤと言うプロ機であった。
夜中から始まった試聴であったが途中から斉藤さんの様子が変わってきた。『畜生、この曲は鳴らないだろう。』
言って次々とレコードやCDをかけ始めいつまでたっても終わらない。午前4時をすぎた事に気づき、斉藤さんは
『飛び上がるほど驚きました。』と言い、『完璧です。』と唸った。
そしてFAST発売元の話をしたら、『是非商品化して欲しいし、私も欲しい。』と言われ、2日後に注文を受けたのが世界に1台のM500だった。

後日、M300の発売の時は『私が試聴して値段を決めてあげます。』と言われ、提示されたのが最低200万円
だったが、定価は59万8千円ですと言うと,そんな安くちゃダメですと随分と言われたものである。
しかし、
[最高の音を手の届く価格で多くのオーディオファンにお届けしたい。]言う、(株)ファストと出水電器の基本的な考えは変わらない。
これ以上はとても書ききれないので、興味のある方はMJの99.06 P8〜13をご覧あれ。

この次は[アマデウスでの大論争顛末記Ⅱ]

真空管オーディオフェアーで出会ったMさんとAさん

[ 私が出会った音の達人たち ]   2001年3月15日

Aさんとは次の第5回真空管オーディオフェアーで出会った。

試聴会を終えてブースに帰った私の所へ初老の方が息せき切って駆け寄り『お宅ののアンプを買いたい。このアンプなら私のキングダムも鳴るはずだ。』と言ってその場でご注文を頂き驚いた。

納品にお伺いした時は更に驚いた。
オーディオ歴50年,悠に5千万は注ぎ込んだと言われるだけに、防音の施されたオーディオルームにはキングダムが鎮座し、中央には80センチスーパーウーハーがあり、自作のキャリアも50年近いとの事で、様々なアンプが所狭しと置かれていたのである。最後の道楽とキングダムを買ったは良いがどうしても低音が出ない。アンプを変えても、スーパーウーハーを追加しても、チャンネルデバイダを使いマルチにしても、何をしても思うように鳴らない。このスピーカーはこんな音しか出ないと諦めて9Wの真空管アンプで鳴らされていたが、FASTがカンタベリー15を思いのままに鳴らしているのを聴き、飛び上がるほどの驚きと喜こびで即購入されのだった。

今は80センチスーパーウーハーは部屋の隅に片づけられている。次はオートグラフ命の斉藤さんMJ 99.6 P8〜13 に掲載。)とアマデウスでの大論争顛末記 II を書きたい。


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